【プチュンバン】カンボジア仏教概論

宗教

カンボジアって今お盆だよね?これを機にカンボジアの仏教について知りたいな。

そうなんだよ。だから今10連休くらいなんだ。

今回は、仏教全体の流れについて少し説明したあとで、カンボジアの仏教を見ていくことにするよ。

 

 

前提知識―上座部仏教と大乗仏教について

まず、仏教には大きく分けて二種類あるんだ。

ひとつは中国や日本、ブータンなど東アジアで中心に信仰されている「大乗仏教」と、スリランカやカンボジア、ミャンマーなど東南アジアで中心に信仰されている「上座部仏教」だよ。

 

これから、これら二つの違いを見ていこう。

 

【日本はコレ】全体の救済に重きを置いた大乗仏教

仏教の創始者であるブッダの死後、仏教は色んな宗派に分かれたんだ。

長老たちが支持していたそれぞれの仏教(部派仏教)はお互いの論争に明け暮れ、知識のない者はついていけないような貴族的な宗教になってしまい、次第に民衆の信仰から離れていってしまった。

 

長老たちについていけなくなった民衆は新しい仏教を求めた。

しばらくして、インドの北西部で新しい仏教の形が芽生えた。

 

「出家していない他者をも救済できる」とした新しい仏教の勢力はぐんぐん大きくなっていったんだ。

その仏教こそが、「大乗仏教」だ。

大乗仏教の「乗」とは「ニルヴァーナनिर्वाण・ニッバーナनिब्बान・涅槃(言い方が色々あるけど、仏教版天国のこと)」へ行くまでの乗り物を指しているんだ。

 

みんなが乗って涅槃に行けるような大きな乗り物だから、「大乗」仏教なんだ。

 

現在大乗仏教を信仰している国はモンゴル、日本、ブータン、中国、ベトナムなどがあるよ。

 

【カンボジアはコレ】個人の解脱に重きを置いた上座部仏教

仏教が色んな宗派に分かれたときに、その中でも厳格に今までの戒律を守ろうとした保守派を「上座部」と言って、その昔からの伝統を受け継いだ仏教のことを上座部仏教と言うんだ。

 

上座部仏教と大乗仏教の一番の違いは思想にある。

大乗仏教は仏を信じれば救われるけれど、上座部仏教においては出家したりお寺に寄進したりして徳を積んだ者が救われると信じられているよ。

 

現在上座部仏教は、カンボジアを始め、ミャンマー、ラオス、スリランカ、タイなど多くの東南アジアで信仰されているよ。

 

カンボジア仏教概論

ここから、いよいよカンボジアにおける仏教を見ていくことにするよ。

 

寺院や旗のデザイン

この寺院はカンボジアでは割と一般的なデザインのお寺なんだけど、手すりのところをよく見るとそこが5つの頭を持った蛇「ナーガ」になっていることがわかるね。

 

ナーガは元々インドの神話で出てくる神なんだけど、なんで仏を祭っているお寺にもいるのかと言うと、ブッダが悟りを開くときにナーガがブッダを守ってくれたっていう逸話があって、そこから仏教にも取り入れられたんだ。

 

また、カンボジアに仏教が伝播する前はヒンドゥー教を信仰していたので、カンボジアの寺院には今でもヒンドゥー教の影響が残っているよ。

この寺院の柱の上の方にも鳥みたいなのがいるね。

この鳥もインドの神話に登場する「ガルーダ」なんだ。

 

また、アンコールワットが建設された当時はカンボジアではヒンドゥー教が信仰されていたから、当時はヒンドゥー教の寺院だったんだ。

その後、カンボジアに仏教が伝播してからアンコールワットは仏教の寺院になったんだ。

 

だから、アンコールワットはタージマハルみたいな形なんだね!(こう思うのぼくだけかな?)

 

一方、いっぱいかかっているこの旗はお寺であることを表しているもので、色んなお寺で見かけると思う。

このとてもカラフルな旗の色は、ブッダが発する後光の色だと言われているんだ。

 

カンボジア仏教の宗派―មហានិកាយ(モハニカイ)とធម្មយុត្តិ(トムユット)

カンボジアには大きく二つの宗派がある。

それが「モハニカイ」と「トムユット」と呼ばれる宗派だよ。

 

ただ、宗派が分かれていると言っても定められている戒律など中身は同じだからみんな好きな方を選んでいる。

じゃあ、何が違うのかと言ったら経典の言葉や発音が違うんだ。

 

モハニカイのほうが圧倒的にメジャーなんだけど、そこではオリジナルの経典をクメール語風に訳されたものを使っているんだ。

それに対して、トムユットはオリジナルに近い言葉を使っているよ。

 

あと、袈裟の色が違うよ。

みんなが想像する橙色の袈裟はモハニカイのお坊さんが来ているものだよ。

トムユットのお坊さんはこげ茶に赤を混ぜたような色の袈裟を着ているんだ。

 

 

カンボジアの習俗の根底には仏教が流れているんだ。

ちょっとでもそこを知っていると、また違った見方ができる。

プチュンバン中にお寺に行ってみるのもいいかもね。